かつては外部からのサイバー攻撃や不正アクセスがインシデントの代表格とされていましたが、現在では社員による小さなミスも、企業にとって大きなリスクとなっています。メールの誤送信、情報の誤掲載、紛失したデバイスなど、日常業務の中で発生するヒューマンエラーが、企業のブランドや信頼を一瞬で揺るがす時代に突入しています。
とりわけSNSやクチコミサイトが発達した現代では、企業イメージの毀損は広がる速度も影響範囲もかつてとは比べものになりません。たった一通の誤送信されたメールが、「企業としての対応力」や「信頼性」の根幹を疑われる要因になることもあります。
このようなレピュテーションリスク(評判リスク)を防ぐには、社員一人ひとりの情報セキュリティ意識を高めるだけでなく、組織として「記憶」ではなく「記録」に基づいた行動の仕組みを整えることが重要です。
例えば、慣れに頼る業務はミスを生みやすくなります。鍵をかけるような日常動作も、確認をせずに「やったつもり」で済ませてしまうことがあるでしょう。一方、マニュアルやチェックリストを活用する「記録ベース」の行動は、抜け漏れや誤操作を防ぐ有効な手段です。
ルールは単に「してはいけないこと」を並べるものではありません。「どのようにすれば安全に行動できるか」を具体的に提示することで、社員も迷うことなく行動に移すことができます。さらに、「見られている」「記録されている」といった意識が、自然な抑止力として働くこともあります。
また、eラーニングの普及により研修のスタイルが変化していますが、知識の定着やモチベーションの維持には工夫が必要です。ハイブリッド形式で集合研修も取り入れることで、社員間のコミュニケーションと相互学習の機会をつくることが理想です。
ルール違反が発生した場合は、ただ指摘するだけでなく、その背景を掘り下げて改善に繋げることが重要です。「ルールが曖昧だったのか」「教育が不十分だったのか」など、根本的な原因を洗い出し、再発防止の仕組みを築きましょう。
組織の信頼性とは、社員全員の意識と行動によって支えられています。情シスとしては、単にルールを作る・守らせることにとどまらず、「守りたくなるルール」の設計と、それを支える社内文化を醸成することが、いま求められている役割だと思います。
熱海 徹(あつみ・とおる)
アスエイト・アドバイザリー株式会社 上席情報セキュリティアドバイザー
長年にわたり、放送業界を中心に情報セキュリティの現場に携わってきました。CSIRTの立ち上げやSOCの運用、インシデント対応体制の構築など、現場の課題と向き合いながら、組織に根ざしたセキュリティのあり方を模索してきました。
「セキュリティは技術だけでは守れない。人と仕組みがあってこそ機能する」という考えのもと、現場の声に耳を傾け、経営層と現場の橋渡し役として活動しています。
現在は、企業や団体のセキュリティ体制強化を支援しながら、講演や執筆を通じて、実務に役立つ知見をわかりやすく伝えることにも力を入れています。 専門用語に頼らず、誰にでも伝わる言葉で、セキュリティの本質を届けることが自分の役割だと思っています。